暑く、臭く、キモイ毛深い人たち
毛深い人を指す言葉として、
- 暑い
- 臭い
- キモイ
というのがよく使われます。
テレビで、社会で、そして僕たちの現実で耳にする言葉です。
この3つの言葉のいくつかは的を得ており、またいくつかには疑義を呈したいものがあります。
しかし実際のところはどうなのか?
毛深い運命に生まれた僕が、真実を追っていきます。
毛深い人たちは暑く、臭く、キモイのか?
毛深い人を指す三大キーワード、
- 暑い
- 臭い
- キモイ
のうち、
- 暑い
- 臭い
の2つは真実に近いものがあります。
年中毛皮を着ているようなものなので、やはり夏は暑いです。
そして暑いとでる汗。
その汗が染み込む毛。
その毛が乾くと発せられる酸っぱい臭い。
ここまでは、毛深い人たち自身でも自覚している問題ではないでしょうか。
ただ、汗臭さについては、こまめにボディシートを使うことなどにより防げるかと思います。
そう、ここまではなんとかできるものなのです。
しかしどうしようもないものもあります。
それが、
- 暑い(他人視線)
- キモイ
です。
毛深い人に対する他人視線の問題
毛深い人が持つ問題には、
- 自分視点
- 他人視点
のものがあり、その2つが一致していない場合があります。
それが、
- 暑い(他人視線)
- キモイ
です。
夏場にできたての煮込みうどんをみているだけでより暑く感じるように、僕たち毛深い人を見ることにより、人は
暑苦しい
と思ってしまいます。
そして、
- キモイ
については、もはや他人の視線によるものです。
キモイかどうかには、客観的な尺度が存在しません。
キモイといったその当人が、独自の尺度を持っています。
そのため、キモくない、という否定を客観的にすることができません。
最悪なのが、僕たち毛深い人たちが、そのキモイという評価を自己評価に取り入れてしまったとき。
僕たち自身は、僕たちのことをキモイと思っていなかったのに、社会や周りの人にキモイもの扱いをされ、
毛深い=キモイ
という図式を内面化してしまったときには、かなりの心理的重荷を負うことになります(僕は負いましたが、毛深いみなさんはどうでしょうか?)。
とはいえ、そう思ってしまった人にとっては、それが現実なのです。
毛深い人は暑い、臭い、キモイという認識が、人によっては現実なのです。
そういったものをすべて打ち砕くのが、脱毛です。
僕たちは、脱毛をすることにより、
毛深い:暑い、臭い、キモイというすべての図式が消滅
します(毛深くなくなるので)。
ケノンを使って脱毛した僕自身の経験でも、
- 夏場でも暑くなくなった(ショートパンツとかもはけるようになった)
- 汗が毛に染み込むことがなくなり、明らかに体臭が減った
- 毛深いということだけで悲鳴をあげられることが実質皆無になった
という結果になり満足しています。
- 暑い
- 臭い
- キモイ
という三大苦を今後の人生で続けていくか否かは人によりますが、僕は脱毛するほうをおすすめします。


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