毛深い中年男性に人権がなくなるとき
日本社会では、おっさんには人権がないと言われています。
KKO(きもくてかねのないおっさん)などという略語で馬鹿にされ、何か問題が起きようとも、男がグダグダ言うなと責められます。
同じ年齢ぐらいの女性をおっさんと同じように扱い、KKO(きもくてかねのないおばはん)などのように言えば速攻で社会的に殺されますが、同じことをおっさんにしても社会は許容します。
そんなおっさんの中でも、特にキモイと言われるのが、
- ハゲ
- デブ
- 臭い
- 毛深い
です。
しかし、中途半端にハゲるならスキンヘッドに。
筋トレすれば痩せられる。
そしてデオドラントや口臭ケアをすればにおいも抑えられます。
ただ、毛深さのケアを熱心にしている人はあまりいません。
毛深いと、距離を取られたり、臭いと思われたり、アッチの欲が強そうで気持ち悪いと思われたりします。
ただでさえ僕たち中年は人権がないかのような扱いをされるのに、なぜ毛深さを放置するのでしょうか?
体毛ケアをしない中年男性の心理
体毛が濃い中年男性が、その毛のために不利益を蒙ってもなにもしないのは、
めんどくさい
というのが一番の理由になっています。
体毛が濃い男性ならわかるかと思いますが、毛が生えている面積は広いです。
そのどうしようもない課題を前にして、我々毛深い中年男性どもは、行動する気が失せてしまうのです。
また、中年であると
先も長くない
といった漠然とした諦念がよく湧き上がってくるので、よけいに体毛ケアが無駄に思えてくるのです。
今さらしたって、何も変わらない。
これまで毛深いことで経験してきた嫌なことがひっくり返るわけではない。
先も長くないし、処理しなければいけない毛の量はたくさんあって時間がもったいない。
こんな心情が、毛深い中年男性にはあるのです。
死ぬまで同じ人生で過ごしますか?
毛深い中年男性が体毛ケアに思う、
今さらしたって、何も変わらない。
これまで毛深いことで経験してきた嫌なことがひっくり返るわけではない。
先も長くないし、処理しなければいけない毛の量はたくさんあって時間がもったいない。
という気持ちは理解ができます。
これまで何もしてこなかったのなら、これからも何も変わらないと思ってしまいがちですし、過去は変えられないし、正直先も長くありません。
しかし、毛深さがなくなると人生は一変します。
いわゆるムダ毛というのは、なくなるとビジュアルが大きく変わります。
全体としては変わっていないはずなのに、色彩とテクスチャーが変わるので、変化が大きいです。
その結果、例えばケノンという家庭用脱毛器を使って脱毛した僕は、女性に距離的に近づいても距離を置かれる確率が減り、夏は涼しくなり、汗が毛に絡まって異臭を発生することもなくなります。
何もしなければ、何も起こりません。
明日も明後日も、毛深い中年男性が扱われるように扱われ、夏は人一倍暑く、汗のにおいが強くなるというこれまでと同じ人生が続いていくだけです。
僕たちの人生に責任を取れるのは僕たちだけです。
人生はいつまで続くのかはわかりませんが、変わったほうがいいと思いませんか?


コメント