冬になると寒くなって恋しくなる
秋が始まり、冬へと変わると、毛深い人たちにも寒さというものが訪れます。
体毛に覆われ、それはそれは暑かった夏が終わり、初秋が過ぎると、自前の毛だけではまかなえないくらいの気温に体が震えるときがあります。
そんなとき、
自分の体毛が少し恋しい
と思ったりしないでしょうか?
晩秋の寒さにはきちんと動いていた保温機能。我が体毛たちよ、どうした?
となりませんでしょうか?
その気持ち、誤解です。
体毛に情けはない
確かに僕たち毛深い族は、寒くなる季節には体毛に感謝するときがあります。
自然体で毛皮のコートを着ているようなものですから。
でも、忘れちゃいけないのが暑い季節。
脱げない毛皮は、地獄の装い。
暑い、臭い、汚いのアンサンブル。
脱着の自由のない外殻は、僕たちを不自由にします。
僕たち毛深い族は、体毛という名の支配者に場を仕切られ、すこし寒冷期に優しくされたからといって心を許してしまっているストックフォルム症候群状態にあるのではないでしょうか?
この毛深い毛にだっていいことがある。
そう思ってしまっている、その心理状態が、極限状態におかれ犯罪者に心を許してしまうあの心理状態に似てしまっているのではないでしょうか。
体毛の血の色は、僕たちとは違って赤くないというのに。
さらば強敵(トモ)よ!体毛よ!永久にっ
毛深い人にとって、体毛は成長期から一緒に過ごしてきた友のようなものです。
体毛には僕たちの体を守って来てくれた側面もあるかもしれません。
しかし、いかせん多すぎるのです。
人も兵器も体毛も、大量にあると問題が起きるのです。
大量の体毛は、身体的には体の温度調節を不自然にし、汗を閉じ込め、皮膚疾患を起こしがち。
そして、精神的には、人から笑いのネタにされたり、恋愛対象の範囲外に置かれたりと孤独感を高めがちです。
だからこそ、僕たち毛深い族は、迷いを捨てて体毛を断ち切る必要があるのです。
悪癖も年が積もれば分かち難い気持ちが生まれるものです。
しかしそれでも、僕たちが確固たる意思を持って動き出せば、打ち克つことができます。
体毛を処理する戦術はいくつかあります。
病院、クリニック、そして僕が使っているケノンのような家庭用脱毛器などです。
正味どれを利用しようが至るのは体毛との訣別の道です。
違いは、容易さ、料金、期間、他人の助けの有無ぐらいです(僕は、時間がかかっても、料金控えめで一人でできるという理由でケノンを選びました)。
全身脱毛でなくとも、大まかに気になっている部分の脱毛が完了すると、世界が変わります。
それまではいつでも傍らにあった毛がまず目につかなくなり、当然ながら上で書いたような体毛に関連した肉体的、精神的な問題がすべて瓦解します。
特に冬場は、長袖を自然に着れ、脱毛している痕跡が他人の目につくことがないのでおすすめです。
ちなみに、体を覆っていた毛がなくなっても、服を少し多めに着れば体感温度の調節も問題ないです(ということに、脱毛してから気が付きました)。
今年の冬に脱毛するかしないかは、もちろん個々人の判断です。
ただ、脱毛しなければ、春、夏と、また毛があると問題がでてくる季節が繰り返される……としか今の僕からは言えません。
よければこちらもご参考ください:【秋・冬がメンズ光脱毛におすすめな季節である3つ理由】


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