脱毛器は体毛を見送った
家庭用脱毛器ケノンはただ世界にいるだけだった。
彼女はその白い肌から照射器を伸ばし、何本もの体毛たちを脱毛の魔法を使って葬ってきた。
体毛を葬るたびに、体毛に覆われた皮膚の持ち主からは泣いて喜ばれた。
ケノンが一番最初に葬ったのは、脇の毛だった。
範囲も狭く、照射の回数も少なく済んだ。
その次に照射したのは、腕の毛だった。
腕の毛は脇よりも範囲が広く、なかなか倒すことができなかった。
毛はしつこく生き返り、脱毛の魔法を照射した翌日には復活の兆しを見せてきた。
それでもケノンがめげずに照射を続けると、やがて毛たちは現れなくなった。
3つ目に選んだのは、脚の毛だった。
脚の毛はそれまでで一番広がっていた。
太もも、ひざ、脚の指。
それが二対になっているのだ。
それぞれに生える毛を1回1回まとめて照射するのは骨が折れた。
意思が折れそうになった。
そこでケノンは一計を案じた。
1回に照射する範囲を分けたのだ。
今日は右の太もも、翌日は左の太もも、その次の日は右のすね……。
分けることによって1回の照射にかかる時間が減り、気が滅入ることはなくなった。
そして数か月経つと、想定通り脚から毛を葬ることができた。
胸毛の旋律
ケノンが一番苦戦したのが、胸と腹の毛だった。
範囲が広いのに、明確な境界線がなかったからだ。
脚の脱毛のときに学んだように、1回ごとに脱毛の魔法を照射する箇所を分けれればよかったが、そうは簡単ではなかった。
範囲がわからないと、別の日にどこまでを照射すればいいのかわからなくなるという問題が起きた。
そこで、ろっ骨をその境界とした。
一番下のろっ骨までを第一区分、そこから下を第二区分とした。
それは体毛に困っていた持ち主の願いとも一致していた。
ケノンが第一区分とした範囲で、皮膚の持ち主は多くのトラウマを経験したそうなのだ。
体毛があるというだけで、その持ち主は蔑まれることが多い。
特に胸に生える体毛はその傾向が強いのである。
こうして範囲分けには成功したケノンだったが、別の問題が生じた。
それは、胸と腹の体毛が異常に強いということであった。
腕や脚の毛と同じ期間脱毛の魔法を照射しても、またすぐに蘇ってきた。
胸毛と腹毛が嫌われるのは、そのゾンビのようなしつこさのせいかもしれない、とある日ケノンは思った。
それでも、さらに1.5倍ぐらいの時間をかけて根気よく脱毛の魔法をかけ続け、なんとか仕事を終えることができた。
特別な場所。そこは存在してもよいところ
ケノンの次の赴任先は極地だった。
局部とも呼ばれる。
局部の毛は最強の力を誇っていた。
他の部位にくらべて、明らかに強さが違った。
苦戦の日が続いた。
いつか終わりの日が来るのではないか、ケノンは疑問に思いつつも脱毛魔法を打ち続けた。
幸いなことに局部は範囲が狭かった。
しかしそんなある日、依頼元からムダ毛討伐の中止が伝えられた。
持ち主が、局部にはむしろ体毛があったほうがいいと考え直したという通知だった。
同じことは、顔の毛にも行われた。
局部も顔も、毛が必要だと持ち主に言われた。
局部の毛はホットスプリングで、顔の毛は他の文化では重宝されるということだった。
依頼主が必要としていない以上、ケノンにそれ以上続ける義務はなかった。
世界から体毛が減り、世の中は平和になった。
とはいえ、ときおり世の理を覆すかのように復活する少量の体毛をケノンはこっそりと狩り続けてるのだった。
詳しくはケノンの体毛討伐記から窺い知ることができる。


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