悪評価、それはこの体から
むだげにかくれて 生きる
おれちゃちゃ 体毛人間なのさ
ひとにすがたを 見せられぬ
けもののような この体
「早く人間になりたい!!」
暗い定めを吹き飛ばせ
臭い・キモい・暑苦しい
体毛人間
こんな替え歌を聞いて、怒りより先に思い当たる節があるなら、きっと僕と同じような体毛にまつわる悲劇的な人生を送ってきたのではないでしょうか。
そう、体毛が濃い僕たちは、この日本社会では、その他の要素をすべて無視され、
〇〇は毛深いから
という一点で悪いほうに評価されることがあります。
いいことをしてもあの一言がやってくる
体毛が濃い男は、たとえ親切にしても、何かを助けても、
でも〇〇は体毛がすごいからな
という一言で、笑いの餌食になることがあります。
僕たちの性格も人間性も、すべて
ムダ毛の量
よって評価されることが多いです。
それは、体毛が薄い人間と同じ行為を体毛が濃い人間がしても、その体毛の存在が目立つためです。
まるで僕たちは、人間を夢見ならがら正義を成して来た妖怪人間たちのようではないでしょうか。
体毛人間に未来はあるのか?
人は見た目が9割。
僕たち体毛人間が、その体毛の量で見定められるのも無理はないかもしれません。
しかし、このままで終われるでしょうか?
終われない。終わりたくない。
そんな気持ちが湧いた人には、脱毛をおすすめします。
かくいう僕も、経済的理由と精神的理由から、ケノンという家庭用脱毛器を使って脱毛をした人間です。
脱毛が終わると、いや、脱毛途中からでも、それまでとは違った理由で人に評価されることが始まります。
そう、言うまでもなく、体毛以外のことです。
いいことをすれば、そのいいことで。
悪いことをすれば、その悪いことで、体毛に関係なく評価されるようになります。
妖怪人間のベム、ベラ、ベロは確か人間にはなれなかったような記憶がありますが、僕たち体毛人間は、人間になれるのです。
その技術が今は存在しています。
いつまで体毛によって色眼鏡をかけられた評価に甘んじますか。
自分で行動する以外、僕たちにはこの歪な状態を変えることはできません。
ケノンを使った脱毛記録をよかったらどうぞ。


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